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第十五回(平成8年8月20日、12時・17時開演 国立大劇場)

プログラム表紙

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「高橋お傳」

 

「高橋お傳」(たかはしおでん) 四幕六場

河竹黙阿弥=原作による葉月会台本
河竹登志夫=監修
持田 諒=演出

序幕  草津宿下座敷の場
二幕目 吉田清五郎内の場
三幕目 品川浦御台場の場
四幕目 蔵前宿七蔵殺しの場 清元連中
    築地河岸捕縛の場
大詰  裁判所本吟味の場

高橋お傳=中村歌江、佐藤七蔵=松本幸右衛門、夫浪之助=中村紫若、浪之助父大助=山崎権一、吉田清五郎=中村吉三郎、妾お種=尾上梅之丞(大谷ちぐさ)、研ぎ師秀太郎=尾上辰夫(吉川明良)、金貸勘次=中村東志二郎、船頭弁蔵=中村吉次(中村吉五郎)、船頭紋次=澤村紀義、百姓八十八=中村吉六、百姓麦蔵・丸竹主人三次郎=澤村光紀、女中せん=澤村由蔵、およく=尾上徳松、丸竹女房お竹=中村歌松、丸竹女中こう=中村小松、丸竹女中よね=中村吉世(中村政之丞)、女中ふじ=長靖之(中村仲之助)、蜆売=田中努(澤村紀久弥)、釣り人=小島清(坂東八大)、釣り人=富田勲(尾上松五郎)、探索=川上健次(坂東好之助)、人足=桑田信昭(中村扇之助)、人足=川﨑和治(中村橋弥)、人足・探索=遠藤学(尾上辰巳)、人足=伊東尚雄(坂東大和)

 

「雨やどり」 常磐津連中

藤間勘十郎=振付

滝夜叉=中村歌江、始皇帝=松本幸右衛門、五郎=中村吉三郎、お富=尾上梅之丞(大谷ちぐさ)滝川=中村紫若、定九郎=中村吉次(中村吉五郎)、朝顔=中村歌松、賤の女=中村小松

 

補足:第十五回公演をふりかえって

『高橋お傳』
明治を代表する悪女「お傳」を取り上げた黙阿弥作品。

実際の事件は明治9年8月26日、蔵前で若い女が男の喉笛を刃物で掻っ切って殺したというもの。お傳はすぐに捕縛されるが、罪状否認、仮病、虚言を繰り返して裁判は三年に及んだ。そして五年後に日本最後の斬首刑になる。本作の初演は死刑執行の五ヵ月後。演劇改良運動の真只中で、そのメッカであった新富座で上演。團・菊・左(五代目菊五郎=お傳、九代目團十郎=清五郎・裁判長、初代左團次=七蔵)に加え、四代目小團次、八代目半四郎らの人気役者が揃い、劇界あげての上演だったことがうかがえる。しかし以来116年間上演の機会なく、この「葉月会」が初めての再演となった。

上州下牧村のお傳は向こう気の強い女だが、夫浪之助とむつまじく暮らしていた。が、夫が奇病に冒されて親類縁者や村人に疎まれ、草津に湯治に来ていた。そこで知り合ったのが古着屋の七蔵。お傳に下心の七蔵は、偶然にもお傳が妾お種の腹違いの妹と分かったことに乗じ、「いい医者がいるから」と二人を横浜に連れ帰る。横浜で二人の面倒を見たのは評判のいい町の親分清五郎。お傳が「金策に江戸へ出かけたい」と願うと、船頭付で船まで用意してやる。ところがこれが悲劇を呼ぶ。お傳が留守の間に七蔵から届けられた水薬を浪之助が大量に飲んでしまい悶死。一方のお傳はなれない船旅で癪を起こし、介抱する船頭に妙な気を起こされる。そして船上でもみ合ううちに船頭ともども海に投げ出された。それを救ったのは浪之助の死を伝えようと後を追ってきた清五郎親分。訃報を聞いたお傳は「なぜ? 七蔵がよこした水薬のせい?」と思うのであった。そして蔵前の旅人宿。浪之助がいなくなり、やっと下心を果たせると喜色満面の七蔵。男を酔いつぶそうと酒を飲ませるお傳。お傳は七蔵が夫を殺したのだと思い込み、仇を討つつもりでいるのだ。そして七蔵が寝入ると剃刀を握り締め……。お傳は血糊のついた着物のまま町をさまよっていた。そして、刃こぼれした剃刀を研いでもらおうと魚河岸に寄ったところで刑事に捕縛される。裁判でお傳は七蔵殺しを否認し、厳しい追及には癪が起きた振りをした。けれど三年後、ついに判決が下りる――。

【成島】
初演以来、上演の機会がなかったこの作品を取り上げようと考えたのは、高橋お傳が稀代の悪女として有名なのに、物語は意外に知られていないことでした。團・菊・左が揃って出演(しかも團十郎は二役)するほどの意気込みで取り組んだのはなぜだったのか、検証しておきたかったことがありました。けれど実際に上演するとなると「これは大変なことになった」と。原作は全21場もある大作ですが、上演時間から考えて六場に納めなければならない。また、浪之助が冒される奇病〈レブラ〉はハンセン病のことです。明治時代のこの病に対する認識は現代とは大きく異なりますから、その描写をどうするかということもありました。いちばん悩んだのは幕切れ。時間的に斬首までは出せない。悩みに悩んで法廷で裁判長に「閉廷!」と言わせて緞帳を下ろすことにしました。
上演台本を起こしていて面白く感じたのは、お傳の描かれ方でした。巷間広まっていたお傳は、奇病に冒された夫の面倒を見切れないと殺し、それが元で次々と男を殺してゆく〈毒婦〉。後から後から男が付いてくるんですから、いい女だったということでしょうけれど、義理や因果で殺人を犯す江戸の毒婦と違い、お傳の殺しには明確な理由が見つけられない。今で言えば殺人鬼。黙阿弥は、浪之助の死とお傳は無関係なものとして描いたし、船頭が死んだのもアクシデント。それでも七蔵を殺して蚊帳から出てきたお傳に悠々と朝飯を食わせている。不条理劇のようでしょう。また、濡れ場や責め場、殺し場など、それまでの黙阿弥作品にあった要素が見受けられないことも特徴的です。殺しも蚊帳の中。客席には見せません。後半は裁判劇だし、「江戸芝居」から脱却して台詞劇を目指していたのではと感じました。

【持田】
もっとも印象に残るのは裁判所のシーン。大陪審の設定ですから、洋式建築です。大劇場でやらせていただいたので、舞台いっぱいに大道具を組むことができ、広々とした大陪審の雰囲気を出すことが出来たように思います。美術はこれも碇山さんでした。また、傍聴人役で出てくれた人たちの芝居がとてもよかった。中でもお傳の舅大助(山崎権一)が言う「情けない……」のセリフは心にしみる名演でした。歌江さんのお傳は内面がにじみ出てくる。それでいて歌舞伎になるのがすごいところだと感じました。また、男を殺して蚊帳から出てくる一瞬を現したポスター。歌江さんの役作りがどれほどに深いものかを見せる、ぞっとするほどの冷たい目になっていました。

【歌江】
演じていてとても楽しい芝居でした。

※この年、中村歌江と松本幸右衛門が幹部昇進。

 


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