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第十六回(平成9年8月20日、11時半・16時半開演)

プログラム表紙

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「新累女千種花嫁」


「神田祭」

 

「新累女千種花嫁」(しんかさねちぐさのはなよめ) 三幕七場

河竹登志夫=監修
河竹黙阿弥作品より 竹柴正二=脚本

腰元名草・與左衛門娘累・名草の亡霊=中村歌江、金五郎実は西入権之丞=松本幸右衛門、祐天上人=尾上寿鴻、局松葉=尾上梅之丞(大谷ちぐさ)、局瀬尾=中村紫若、中小姓権之丞=市川左十次郎、腰元呉竹・百姓與左衛門=中村吉次(中村吉五郎)、千葉正胤=澤村紀義、用人十太夫=松本錦一、中間軍平=中村吉六、百姓惣八=中村東志二郎、百姓谷助=市川竜之助、腰元楓=中村歌松、腰元弥生=尾上徳松、腰元露芝=中村吉世(中村政之丞)、百姓仁一・村人=佐藤健次(市川段一郎)、百姓作蔵・村人=八田武也(中村吉二郎)、腰元桂=宇貫貴雄(松本高弥)、腰元・夜鷹お松=安藤孝宏(嵐徳江)、腰元・夜鷹お竹=佐藤恵、中間・村人=上條岳伸(坂東玉朗)、中間・村人=近藤太郎(中村梅之)、腰元・村人=佐藤雅志(市川喜久於)、腰元=田端俊(中村京三郎)、腰元=佐藤昇一(中村蝶之介)

 

「神田祭」 清元連中

藤間勘十郎振付

芸者=中村歌江、芸者=尾上梅之丞(大谷ちぐさ)、芸者=中村紫若、頭=松本幸右衛門、頭=中村吉次(中村吉五郎)

 

補足:第十六回公演をふりかえって十六回公演をふりかえって

『新累女千種花嫁』
〈累もの〉は第4回「葉月会」(昭和60年)でも『薫樹累物語』(身売りの累)をとりあげているが、本作は黙阿弥が幕末に書いた〈累もの〉。五代目菊五郎の名草(かさね)、初代左團次の権之丞(伊右衛門)によって初演されたという記録があるが、原作が全集などに掲載されていない。そこで狂言作者の竹柴正二が資料にあたり、「葉月会」のために上演台本を再創作した。竹本の作曲は葵太夫。

千葉家の二人の局、松葉と瀬尾が互いに勢力争いをしていた。ある日、各々の腰元、名草と呉竹が御前試合を行うことになる。勝った名草は勝利のあかしの小袖を手渡した小姓権之丞をひと目見て恋に落ちる。そして思い叶って権之丞と逢瀬を重ねるが、殿は御前試合で名草を気に入り、側室にとりたてる。名草は権之丞に駆け落ちをもちかけるが、男は女を置いて逃げてしまう。しかも、瀬尾たち一派が権之丞との仲を不義密通と言い立て、なぶり殺しにされて池の底に沈められてしまう。

数年後。下総羽生村の百姓與左衛門の家では、娘の累に金五郎という婿がきて、むつまじく暮らしている。そんな折に、千葉家から累にお城奉公の話が舞い込んでくる。累は、元は武士だった夫の出世のチャンスと考え、奉公に出る決心をするが、使者が「これを着て登城するように」と持ってきた小袖は、あの名草が御前試合で拝領したものだった。実はこの金五郎はあの権之丞であった。名草によく似た累に一目ぼれして所帯を持ったが、浪人暮らしに行き詰まり、千葉家にいる昔の仲間と組んで累のお城奉公を企んだのだった。そのわるだくみをこっそり聞いていたのが舅の與左衛門。実はかつて悋気持ちの妻を殺し、さらに金欲しさにごぜを殺したこともある極悪人だった。権之丞は家から隠し持ってきた鎌で與左衛門を惨殺する。その鎌こそ與左衛門が女房とごぜを殺した凶器だった。金五郎が何食わぬ顔で帰宅してしばらくのち、與左衛門の亡骸が運ばれてくる。泣き崩れる累。その顔にいつの間にか無残な火傷の跡があらわれる。それはなぶり殺しにされたときに名草が受けたのと同じ傷だった。恐ろしくなって逃げ出した権之丞だったが、名草の霊はあの小袖に乗り移り、さらには累に乗り移り、どこまでも追いかけてくる。木下川で追い詰められた権之丞は、すべてを白状し、流れてきた鎌をとって腹を切って相果てる。絶望のあまり死のうとする累だったが、祐天上人が現れて「生きて菩提を弔うのが勤め」と説くと、あの小袖は宙に舞い上がって消え、累の顔の傷も痕かたなく消えるのだった。

【成島】
黙阿弥の『新累女千種花嫁』を原作にして、結果的にはそこから離れて〈純粋新作〉になりました。当時は本を書ける人がいっぱいおりまして、「葉月会」も16回を数えるのだから、役者の登竜門としてのみならず、新作発表の場としての役割も果たしていこうという意気込みがあったのです。「累もの」にしたのは八月という季節がら、お化けをやりたいという発想です。「かさね」の前段に名草という腰元の件を入れて仕立て直してもらいました。奥庭から道行まで、若き日の権之丞を演じたのは、国立劇場歌舞伎俳優研修の九期生の市川左十次郎です。大抜擢でしたが「海老蔵さんになったつもりで」と大奮闘。ご宗家振付の「道行」の稽古には大緊張で臨んでいた姿をよく覚えています。

【歌江】
竹柴正二さんは成駒屋付で、長い付き合いでした。ほぼ書き下ろしの新作でしたけれど、私がやりやすいように書いてくださった。名草がいじめられるところも「時鳥殺し」が少し入っているんです。稽古場でみなで相談しながら作り上げた作品だったと印象に残っております。

 

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