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第五回(昭和61年8月19日、12時半・17時開演)

プログラム表紙

クリックするとパンフレットが閲覧できます。(PDF:21MB)

 


「東海道四谷怪談」


「東海道四谷怪談」


「藤娘」


「羽衣」

 

「東海道四谷怪談」(とうかいどうよつやかいだん) 二幕四場

四世鶴屋南北=作
中村歌右衛門=指導

序幕  四谷町伊右衛門浪宅の場
    伊藤喜兵衛内の場
    元の伊右衛門浪宅の場
二幕目 砂村隠亡堀の場

民谷女房お岩・小佛小平・小平女房お花・小平の霊・お岩の霊=加賀屋歌江(中村歌江)、民谷伊右衛門=松本幸右衛門、直助権兵衛=松本幸太郎、伊藤後家お弓=市川左升、母おくま=松本幸雀、佐藤与茂七=尾上辰夫(吉川明良)、按摩宅悦=澤村大蔵、乳母おまき=尾上梅之助、孫娘お梅=中村扇乃丞、伊藤喜兵衛=片岡欣弥(市川欣弥)、秋山長兵衛=市川喜三郎、関口官蔵=中村吉次(中村吉五郎)、利倉屋茂助=松本幸次郎、中間伴助=松本錦一、中間=尾上扇三郎、中間=坂東三平(坂東三津右衛門)、中間=坂東玉雪、女中=中村東之助、女中=市川八百稔

 

「藤娘」 長唄囃子連中

尾上菊之丞=指導

藤娘=尾上梅之助

 

「羽衣」 常磐津連中・長唄囃子連中

藤間勘十郎=振付

天津乙女=加賀屋歌江(中村歌江)、漁師伯了=松本幸右衛門、海女=松本幸雀、海女=市川左升

 

補足:第五回公演をふりかえって

大作への挑戦である。

『東海道四谷怪談』は二幕四場という、これまでの「葉月会」ではなかった長丁場であることに加え、複雑な仕掛けの数々がある。演じる方も大変だが、裏方スタッフ全員の協力がなくてはなしえない舞台であった。お岩は歌江の師匠である六世歌右衛門の当たり役のひとつ。このときは歌右衛門自らが指導に当たりました。筋書の「ご挨拶」に「まことにむづかしい大物ではありますが、出演者一同の決意のほどに免じて、なにとぞ稽古の成果を見てやって下さいますようお願い申し上げます」と記しています。お岩、小仏小平、小平女房お花、小平の霊、お岩の霊が歌江。伊右衛門を幸右衛門。

舞踊は『藤娘』が尾上菊之丞振付、『羽衣』は藤間勘十郎振付でした。

【成島】
「かさね」をやったのだから、次は「お岩」を、という発想です。が、『四谷怪談』といえば「隠亡堀」をはずすわけにはいかない。当然そこにはシュロがなければなりません(注:「隠亡堀の場」の土手の大道具は「棕櫚伏せ」といい、棕櫚を大量に使う)。しかし一日だけの公演のために、つくるのに何日もかかるシュロまでは――というのが実情でした。ところが六代目歌右衛門さんが指導に就いてくださることになった。〈お岩〉は歌右衛門さんの当たり役でしたし、加えて当時の伝統歌舞伎保存会会長でもあった。いろんな条件が重なり「愛弟子が演るのなら」と腰を上げてくださったのだと思います。結果的に「中村歌右衛門指導」が、すべての難問を解消してくれたようなものです。装置などすべてのスタッフが「大成駒が来るのだから」と頑張ってくれました。
この作品の成功で「葉月会」が認知されたといってもいいと思います。舞台の出来はもちろんですが、「歌右衛門さんのお墨付きをもらえた」と思いました。やっと成人式を迎えた気持ちでした。

【持田】
私にとっては、歌江さんのすばらしさを改めて思い知った作品です。以前、国立劇場で『東海道四谷怪談』が上演されたとき、舞台監督をさせていただいておりましたので、『四谷怪談』の深みや〈お岩〉の演技のすごさは知っているつもりでした。歌江さんはそれをすっかり呑み込んでいらした。怖いし不気味なのだけれど、その向こうに女の可愛さ、哀れさがにじみ出ている。だから伊右衛門もひき立つ。ただの怪談ではありませんでした。歌右衛門さんがお弟子さんとして初めてお岩を演ずることを許されたのも納得がいく名演でした。

【歌江】
『四谷怪談』には、師匠の歌右衛門が新宿第一劇場で初めてお岩を演じたときからずっと一緒に出ていました。鉄漿(かね。お歯黒のこと)もずっと私がつくっていましたし、〈隠亡堀〉の早替りでも私が師匠の早拵えをお手伝いしたのですから、どうすれば早く替われるか、どう動けばいいのかはおおよそ頭に入っていたと思います。

 

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