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第四回(昭和60年8月17日、12時半・17時開演)

プログラム表紙

クリックするとパンフレットが閲覧できます。(PDF:20MB)

 


「草摺引」


「三人生酔」


「薫樹累物語」


「薫樹累物語」

 

「草摺引」 長唄囃子連中

藤間勘五郎=振付

曾我五郎時致=中村吉三郎、和田の妹舞鶴=中村歌次

 

「三人生酔」 常磐津連中

藤間勘十郎=振付

駒吉=松本幸右衛門、喜代三=中村仲助(中村勘之丞)、おぎん=加賀屋歌江(中村歌江)

 

「汐汲」 長唄囃子連中

尾上菊之丞=振付

蜑女刈藻=尾上梅之助

 

「薫樹累物語」(めいぼくかさねものがたり )二幕 竹本連中

序幕  埴生村身売の場
二幕目 絹川堤土橋の場

百姓与右衛門実は絹川谷蔵=松本幸右衛門、女房かさね・御守殿柳葉=加賀屋歌江(中村歌江)、判人源六=中村吉三郎、かさねの亡霊=中村歌女之丞、曲金金五郎=澤村大蔵、若党丹助=中村福次(中村梅蔵)、歌形姫=尾上梅之助、花扇屋才兵衛・島田重三郎=中村仲助(中村勘之丞)、百姓与之吉=坂東大和、百姓娘お孫=市川段之、百姓畦六=在明俊一(片岡孝三郎)、百姓畑作=萩原清(中村又之助)

 

補足:第四回公演をふりかえって

第四回から、演奏のみの演目はなくなりました。

舞踊は藤間勘五郎振付の『草摺引』、先々代藤間勘十郎(二世藤間勘祖)振付の『三人生粋』、先代尾上菊之丞振付の『汐汲』の三本立てで、振付の先生方が豪華版でした。
 芝居は〈累もの〉の『薫樹累物語』(めいぼくかさねものがたり)。この年、初めてポスター用に宣伝写真を撮影しました。ここでも、かさね役の歌江と与右衛門役の幸右衛門が大奮闘でした。

『薫樹累物語(めいぼくかさねものがたり)』は通称「身売りの累」。本公演でもめったに出ない珍しい狂言。嫉妬に狂った醜婦の累(かさね)が夫与右衛門に殺され、その怨みが与右衛門一族に祟った――という〈累伝説〉を元にした作品。同じ題材では四世鶴屋南北の『色彩間苅豆』が有名です。『薫樹累物語』は『伊達競阿國劇場(だてくらべおくにかぶき)』の八幕目の「身売りの累」のエピソードを独立させたもので、『伽羅先代萩』と同じく足利頼兼の放蕩と傾城高尾殺しが前提になっています。

主君への忠義のために傾城高尾を殺した与右衛門ですが、その女房かさねは、実は高尾の妹でした。夫が姉を殺したことを知らないかさねは、愛する夫に尽くすために身を売ろうとしますが、姉の怨念が乗り移って美しい顔が変わってしまう・・・。

このときには「埴生村身売の場」と「絹川堤土橋の場」の二幕を上演しました。

【成島】
「葉月会」へのリクエストのひとつに、「八月だからお化けが観たい」という声が以前からありました。それなら〈累もの〉はどうか、というお話が歌江さんからあって、上演が決まったと記憶しています。この作品は六代目尾上梅幸の当たり狂言で、三代目中村時蔵が研究に研究を重ねて演じた役でもあります。この作品がのちに鶴屋南北の『阿国御前化粧鏡』に発展し、それがさらに『四谷怪談』になったわけです。

【歌江】
「この狂言を演りたい」と申し上げたのは、三代目時蔵さんが演っていらしたのが目にあったからだと思います。師匠の歌右衛門は、もともと播磨屋さん(初代中村吉右衛門)のもとにいて、時蔵さんとも一座することが多かったので、私も時蔵さんのものはたくさん拝見しています。好きだったのだと思います。定後見(じょうごうけん)の姿で、しばしば幕だまりに控えて拝見していましたので、時蔵さんのお弟子さんに「また成駒屋の子が見ているよ」と言われたくらいでした。

【持田】
私は舞台監督としては、この回からのお付き合いです。ただ『どんどろ大師』の稽古に立ち会って、その真剣さに驚き、他の勉強会とは違うものになるのではと予感しておりました。まずは歌江さんの存在があります。なさったことのない役であっても、稽古が始まる時点ではすべてセリフが入っている。そして忙しい合間に若い人たちの指導も丁寧になさる。「こんな人は見たことない」と思いました。歌江さんの芝居に対する姿勢は、まさしく歌右衛門さん仕込みだと思いました。その姿に惚れて、裏方のスタッフも完全協力体制になりました。関係者を燃えたたせた。だから17年もの間「葉月会」が続いたのだと思います。

 

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